夏スクで悲鳴を上げている間に、
東京の地裁では初の裁判員裁判がありました。
刑事訴訟法の先生だったかな。
初の裁判員裁判の判決をうけて、
こう言っていました。
「被告人はどうも生活保護を受けていたみたいですね。
おそらく、被害者に“生活保護を受けている分際で~”
みたいなキツイことを言われたんじゃないでしょうかね。
その辺りを裁判員がもう少し質問して出てきたら
量刑はどうなっていたでしょうね。
懲役15年になっていたでしょうかね」
私は、それは、裁判員が質問して明らかにすることではなく、
弁護士がすべきことだと思っているのですが、
(それができないから裁判員裁判が必要になったのかな・・・)
もし、自分が裁判員で量刑を決めた後にそのようなことを
言われたら、かなりショックです。
でも、それは避けることができないと感じています。
マスコミは一様に「良識的な判断だった」などと言って、
量刑に関してあまり言及していませんが、
どうも、検察の主張に引っ張られすぎてませんでしょうか???
というのが正直な感想です。
もちろん、どんなに腹が立っても、フツーは、少なくとも、裁判員に
なられた方々は人をナイフで刺すという発想をしないでしょうから、
子どもの形見のナイフで刺すなんてどーして?
と聞きたくなるのはわかります。私も聞きたいと思うはず。
でも、弁護側が主張していた辛辣な言葉を浴びせられた
という点についても、深く知りたいと思うはずです。
裁判を傍聴していないのでどこまで出てきたのかわかりませんが、
その辺も十分考慮しての懲役15年なのでしょうか。。
模擬裁判のときも感じたのですが、
裁判官も裁判員も、何か、検察の主張に引っ張られてしまう
雰囲気があるように思います。
その理由は、模擬裁判のときは弁護側の力不足だと感じたのですが、
どうもそれだけはないように思えます。
裁判官はわからないけど、裁判員が検察の主張に
引っ張られてしまう最大の原因は、あまりに、多くの情報を
短時間で理解しようと、裁判員が一生懸命になってしまう
ことではないでしょうか。今まで聞いたことのない法律用語や
裁判の論点を理解することに集中している間に、
検察の主張が脳にすりこまれていき、そして、模範的な回答を探す。
結果、検察の主張に沿った形になる・・・。
これはぜひ、脳科学者の茂木さんにお聞きしたいところですが、
どうも、このような現象が起きてしまう感じがしてなりません。
で、これを避けるにはどうしたらいいか?と考えてみたのですが、
やはり、模範生にならないことだと思います。
法律用語の理解などに一生懸命にならないことです。
そんなものは覚える必要がなく、
そばに裁判官というプロの法律家がいるのだから、
「あれ?故意ってどーゆー意味でしたっけ?」と、
何度も聞いてしまえばいいのです。
「えっ?論点は何だったっけ?」「だから~!!」
みたいな会話があってもいいんじゃないでしょうか。
法律用語などに振り回されず、
人として自分はどう感じるか、被害者の立場なら、
被疑者の立場なら、自分はどう思うかということが大切で、
「それは調書に書いてあります」とか何とか言われても
何度も納得いくまで聞くことだと思います。
今、裁判員のための法律書もけっこう出ていますが、
私が、もし、裁判員になるための準備をするのだとしたら、
法律用語を覚えることではなく、
人が起こした事件の真相を知るために、
気づけるために、人間力を磨くことだと思います。
だって、そうした部分がプロの法律家に不足しているから
裁判員裁判があるんでしょう?違うかな???(^^;
私の知人に、人を殺したら死刑、仇討ち制度を復活させた
ほうがいい!と言っている人がいるのですが、
そういう人がもし、裁判員にいたら、それは今の制度に
なじまないとか法律上だめとかそんな説明ではなく、
それをもしOKだとしたらこんな状況になると思いますが、
あなたはどう考えますか?と、裁判官には真剣に
議論してほしいものです。
今のところ、私はその知人を納得させる説明ができません。
こんな会話になってしまいます。
「仇討ち復活させたほうがいいよ」
「え~~、それはダメだよ。恨みの連鎖が繰り返される」
「じゃあ、岩村さん。突然、誰かに殺されたらどうする?」
「えっ、あり得ない。化けて出てやる。幽霊になって、
一生取り憑いてやる!」
「それって、仇討ちと一緒じゃん」
「・・・」
「それとさー、強姦したやつなんか、もう、有無を言わさず、
刑罰として、切っちゃったほうがいいよね」
「それはそうだね・・・」
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