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Jul 23, 2004

自殺者が34000人

今朝の朝日新聞で自殺者が34000人を超えて、30代、40代の男性自殺者が急増という記事が載っていました。
平均寿命(男性)を押し下げたのも自殺者の増加が原因とか。

経済的に立ち行かなくなったり、会社をクビになったり上司とウマが合わなかったり理由はあるにしても死んだらおしまい。生きていればなんとかなると思う。

「いばらぎじゃなくていばらき」の著者青木さんの入院日記http://www.ibaraking.com/
を読んでみると人間生きてりゃなんとかなるという気になる。

でも「うつ病」になっている人に「ガンバレ!」は禁句なんだって。
そっと傷が癒えるのを待つしかないか。かつては居酒屋でストレスを発散するというサラリーマンもいましたが
今時は小遣いも減ってストレスの発散場所がない。

そんな人には、地域でのボランティア活動をお勧めします。
川の清掃、里山の下草刈り、間伐などで地域の人と汗を流す。
会社では味わえない充実感があります。
家に引きこもってDVD録画しているなんて、最悪!(そういうネクラさんからよく電話かかってくるけど)
変なDVDやビデオばっかり見ていてもいいことないぞー

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Jul 22, 2004

実は割高な郵政事業

私は仕事で通信教育などをやっている。
そこで、日々、受講申し込みをされた人などへ教材を送ったり、添削済みの答案を送り返したりしていて、郵便を扱う。
郵便には必ず記念切手を貼ることに決めていて、切手はちょっと遠いけれども郵便局で買うことにしている。
コンビニだと、記念切手を売ってないからだ。
趣味的に貼って自己満足してる記念切手だけども、時々受講者の方から「かわいい切手をありがとう」なんて言われて、通じた!なんて喜んでいる。

ところが、最近の朝日新聞の記事を見て、開眼したことがあった。
たまたまヤマトのメール便のことをとりあげていたのだ。
メール便てなに?と思ってインターネットで検索すると、それは、書類みたいなものを送る宅配便のことらしい。
今のところ、郵便局があるから、私文書(信書)は、民間は配達できない。
だけども、書類や書籍、CDなど特定の相手を想定していないような郵便物ならば、民間のヤマトでも扱える。
その料金を見て、びっくりした。
郵便局と対比の上でその料金を見てみよう。

50g以内 ヤマト80円  郵便局 定型25gまで80円、50gまで90円
100g以内 ヤマト110円 郵便局140円 
300g以内 ヤマト160円 郵便局150gまで200円 250gまで240円
600g以内 ヤマト210円 郵便局500gまで390円
1,000g以内 ヤマト310円 郵便局1kg580円!

ああ、どれをとってもヤマトが勝利。
メール便は、普通の郵便と同様ポストに投函され、受け手もわざわざハンコとかを押す必要はない。

もしかして、これは常識で、今頃気づいて感動している私は大変にとろいのかもしれないが、でも中には私みたいにとろい読者の人もいるかもと思うので、恥をしのんで投稿する。

ヤマトのが得よ。
ヤマトにしましょうね!
連絡して取りに来てもらう他、コンビニのセブンイレブンでも扱っている。
ただし、個人のお手紙みたいな信書は一応だめということなので、書類とかを送る場合に限られます。

どうでしょう、会社などがもし、このことを知らない場合(個人経営だとか中小企業ならばありえるかも)提案してみては如何?
あなたの評価が高まるかも、です。
ああ、民営っていいなあ。


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Jul 21, 2004

紅茶の缶の中身

今日、田園調布にある紅茶の専門店に行ってきました。

紅茶にも、葉の品質や香り、味を見るための
「ティスティング」というのがあり、店で売る紅茶の葉を
買い付ける際には、何種類もの紅茶をティスティングして
品質を見るのだそうです。

それは、ワインと同じように、ティースプーン一杯
口の中に入れ、喉までズズッと音を立てて吸い、
ゴクリと飲まずに、吐き出します。
飲んでしまうと、次の紅茶の味がわからなくなって
しまうそうです。

なぜ、紅茶のティスティングが大事かというと、
葉の原産地や種類、時期などによって味や香りが
違うのはもちろんなのですが、それ以前に、
缶の中に入った紅茶の葉というのは、缶に詰められた日が
製造年月日になるので、たまに、古い葉が入っていたり、
時期や種類の違う葉がまぶしてあるなど、
けっこう、品質の悪いものが出回っているそうなのです。
素人は、高価なものなら大丈夫と思いがちですが、
そうでもないらしい。何だか、お米みたいです。

そのため、「本物の紅茶の味を知って欲しい。
騙されないで欲しい」という店主の願いもあり、
この専門店では、一般向けに紅茶のセミナーも開催しています。
食品の表示を見ただけではわからない、味、香り、品質。
アドバイザーとして、こういう勉強も必要なのでは
ないかと思ったりしました。

ところで、ちょっと宣伝です。

明日発売の『婦人公論』で、薬害肝炎のルポを書きました。
書店で見かけたら、ぜひ、お手にとってみてください。

取材に協力してくれた、福岡の古賀弁護士が
写真つきで紹介してくれています(^^) →ここ

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Jul 19, 2004

どうして、弁護士は時間にルーズなのか。

皆さんは、弁護士に相談したことがあるでしょうか。
ふつう、ないですよね。。。
私は、あるのです。しかも、消費者問題の被害者として・・・。
この体験が消費生活アドバイザーをめざすきっかけにも
なったのですが、今思うと、高い授業料でした。

いったい、どんなことに騙されたのか!? と話し始めると
長くなってしまうので省きます。知りたい方は、
今度、私にビールを飲ませてください。いくらでもお話します(笑)。

ところで、弁護士というと、どんなイメージを持つでしょう。
私は、初めて相談するまで、一度も、弁護士という職業の方に
お会いしたことがなかったので、きっと、弁護士って
とてつもなく立派な方か、とてつもなく悪どい方かのどちらかだろう。
いずれにしても、とても偉そうにしているに違いない。
そう考えていました。

これは、半分当たっていて、半分当たっていませんでした。
まず、消費者問題を扱っている弁護士の方で、悪どいイメージの方は
いませんでした。それどころか、好感が持てる方が多数います。
しかし、そういう人でも、事務所に相談に行くと、1時間でも2時間でも
平気で人を待たせる方がいます。これは偉そうです。
忙しいのはわかりますが、私だって、忙しい中、時間を作って
足を運んでいるのです。この時から、私は、弁護士というのは、
「時間にルーズな人種」なのだと思いました。

ところが、ある企業法務の仕事が多い弁護士の方とお会いする
機会があり、その話をしたら、「依頼者を待たせるなんてとんでもない。
自分がもし、そんなに待たせてしまったら、相談料をタダにする」と言います。
その代わり、この弁護士の方の相談料って、とても高いのです。
それでも相談したいと言ってわざわざ来てくださっている依頼者の方を
待たせるなんてとんでもない、というわけです。
なるほど。この弁護士さんは、企業の社長を相手にしているので、
時間を守らないと商売にならないのだな、と思いました。

では、消費者問題を扱う弁護士は、どうでしょう。
依頼者1人ひとりの相談料や報酬が安いから時間にルーズなのでしょうか。
つまり、単価が安く、大量に仕事を引き受けないと食べていけない。
1人ひとりに気を遣っている暇などない、ということでしょうか。

もし、そうだとしたら、私は問題だと思います。その弁護士が、ではなく、
「消費者問題が安い」ということで、消費者である私たちは、
企業の社長と同じサービス、扱いを受けられないシステムになっている
ということが問題だと思います。

たまに、テレビを見ていると、消費者問題を扱って忙しく働き、
収入も少ない。だけど、消費者を救済することが僕の使命だ、
みたいな弁護士さんが紹介されていたりします。
私は、はっきり言って、こういうことを言う人は好きではありません。
こんなことを言われたら、その弁護士に依頼する消費者は
遠慮するじゃないですか。悪いなーと思っちゃう。
だから、少々待たされても、「センセイ、お忙しいからね・・・」と言って怒れない。
つまり、最初から、フェアではありません。

消費者問題が安いがゆえに、テレビに出まくっている弁護士も同様です。
テレビ弁護士なんて、信じてはいけません。
大きな社会問題になりそうだ、という場合以外は、依頼に行っても
時間がかかるばかりです。
よく、依頼者の代わりに弁護士はテレビに出て、
被害を訴えているのだと言う人もいますが、甚だ疑問です。
少なくとも、テレビに出るのが好きな弁護士が関心があるのは、
1人の依頼者ではなく、自分と社会の関係でしょう。
だから、社会問題になった事件はよく覚えていても、
依頼者の顔は思い出せない。
そういえば、私も、自分の担当弁護士に、依頼者であることを
忘れられていたこともありました。

そんな、こんなで、私はもう、
「消費者が弱い立場であるから、守ってあげなければいけない」
などという社会はうんざりです。
だから、「弱者救済」という言葉が死ぬほど嫌いです。

じゃあ、どうしたらいいか。

私は、クラスアクションなどを導入して、消費者問題が儲かる部類に
なることが必要だと思います。企業法務ばかりしている弁護士も
積極的に参入してくるような「市場」になればいいと思います。
そして、依頼者である私たちは、5分でも待たされたら怒る。
きちんと説明がされなかったりしたら、消費者契約法違反で訴えるくらい、
同等になるシステムになればいいと思います。
(というか、今の時点でも、弁護士と依頼者との取り決めは
 消費者契約法の対象となるので、訴えられるはずだけど)

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Jul 16, 2004

家庭ごみ有料に賛成?

家庭ごみが有料化される方向だ。
ごみの収集は、基本的に地方自治体の業務であるから、現在でも、分別や有料無料については、地域によってとても差がある。
私が住んでいるところは非常にシンプルな分別で、せいぜいビン・缶と燃えるごみを分ける程度。
プラスチックなんかも、燃やせるごみとして捨てることができ、ごみ捨てがそれほどストレスにならず、助かっている。
もちろん、有料化もされていない。

家庭ごみの有料化については、現在でも半数近い自治体ではすでに実施されており、料金の取り方は、ごみ袋に回収料金を上乗せしているようだ。
北九州市の事例では、45ℓでゴミ袋一枚15円だそう。
まあ、有料とは言っても、たいした金額ではない。

今回、環境省は廃棄物処理法の基本方針を変更する予定。
ごみ有料化を、「必要性に応じて」みたいな表現から「原則有料」に書き換えるという。
これにより、ごみ有料になる地方自治体は増えていくと予想される。

一枚15円程度であれば、実施されたとしても、大した打撃にはなるまい。
うちの場合は、大体週に90ℓ程度ごみを排出する。
二人暮しの家庭としてはたぶん、多い方だ。ごめんなさい。
普通の燃えるごみ45ℓと、ビールの缶ごみが45ℓなのだ。
ビールの缶ごみは圧巻だ。ビールの缶だけを透明な袋にいれるとまるで「葡萄」みたいに見える。
それを、毎週日曜日、一階のゴミ捨て場に搬出するのだが、途中エレベーターで他の住民に会うのが怖い。
そんなにたくさんビールの缶を捨てるのはみっともないからだ。
エレベーターで会ってしまった場合は、ビールの缶ごみを後手に持って見えないようにし、「どうも」なんて笑顔にして、どうにかビールの缶ごみを見られないような工夫が強いられる。

それはさておき。
現行のままで、ごみ代を消費者に負担させるのはいかがなものか、と私は思う。
「燃えるごみ」の内訳はいかがだろうか。
ほとんどが「包装」のごみである場合が多いように思う。
包装でなくても、広告ごみが多い。
郵便受けには毎日多大な広告が入れられる。
マンションを買えとか売れとかの広告や、美容院、ピザ屋、ADSL。
頼んでいないごみが、毎日大量に郵便受けに入る。
新聞にも、大量にちらしが挟み込まれている。
うちは朝日と日経だが、朝日は広告太り。日経でさえも最近は広告が挟まれている。
広告ほしいなんて、頼んでない!

それにスーパーで買い物するときはどうだろう。
肉や野菜を美しく見せるために、パッケージが施されてるのが普通。
大体の食品はパッケージがついていて、そうでないものを選択する方が難しい。
消費者としては、過剰なパッケージを回避するのも難しい。
そういう工夫をするのが消費者の責任という意見もあるが、そういうことに、全力で立ち向かえる人ばかりではない。
(たとえば、全てのパッケージが過剰だからという理由で、買わずにその店を出て、他の店で買い物しなおすなどということは、時間のない私たちには無理)

広告にしてもパッケージにしても、売り手の販売促進の結果である。
販売促進だって、悪いことではない。
それがあってこそ、経済が発展するんだとも言える。
原始的な不便な世の中だけが、消費者運動の目指すべきものではない。

だから、ごみ代を即消費者の責任にしてはいけない。
個々の消費者の選択で節約できるものではないからだ。
おそらく、私のように無頓着な人と、意識している人とでも、その差は一ヶ月150円程度。
それでは意識損。
やりがいもない。
つまり、現状では、努力する消費者と、努力しない消費者で、それほどごみ排出量に差がつかない。
いやいや45ℓの差は大きいのだから、反省しなさいという声も聞こえてきそうであるが、ごみ減量努力の代償が15円であれば、それも厳しい。
努力をしない言い訳を、15円で解決してしまいそうだからだ。
小額であれ、お金を払うということは、ごみを出す言い訳につながるのだ。

ごみ減量を目指すならば、広告や包装に対するなんらかの工夫が必要な気がする。
どんな広告やどんな包装が、環境にも経済にも良いか、会社の人は考えてみるとよいだろう。
事業として、今後成長するかもしれない。

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Jul 12, 2004

男女の役割

今日の日経夕刊に興味深い記事があった。
「性別役割分担を支持する人が減った」という内容だ。
以前に比べ、「女性は子供ができたら仕事を辞める」という考え方を支持する男性が減ったという。
家計が苦しいので、妻にも仕事をしてほしい、という意見だ。
けれども、実際の家事分担はどうなっているかと言うと、掃除や食器洗い、洗濯や食事の支度など8割程度の家庭が、妻の役割と答えているらしい。
仕事はすべきと言われ、それなのに家事負担の主役は依然として妻、というのでは、まあ女性としてはあんまり良い条件であるとは言えない。
そこで女性は結婚後の負担増を敬遠し、非婚・晩婚に走るという。

実際、こういう状況は、けっこう良くあることだと思う。
うちなんか、もろ、このまんま。
しかし、冷静に結婚前に、結婚後のこのような負担増を想像し、結婚に躊躇する現代の適齢期女性は賢くなった。
私などは、なにも考えずに結婚したし、考えてみれば私の時代(S40年生まれ)、「結婚しても働いていい?」なんて旦那に承諾をとるような妻も多かったのだ。

「男女の特性を無視してはいけない」という意見もある。
先日の荒川区男女共同参画条例制定の委員長になったセンセイは、フェミニストが大嫌いで、「男女の性差を否定するのはいかがなものか」という考えをお持ちだ。
性別だって神様から与えられたもの。
それぞれの特性や得意分野を無視して、なにがなんでも同等にすることが果たして幸せなのか、という点で頷ける部分はたしかにある。

しかし、性別役割分担を支持する、否定するを論じる以前の問題として、「性別役割分担」の定義が気になる。
料理や掃除、食器洗いやごみ出し、洗濯や風呂掃除、そして仕事をすることは、性別役割分担なんだろうか。
本来の性差を考えた場合、女性が料理や掃除をやって男性が仕事をすることが「性別役割分担を行っている」ということになるのだろうか。

料理や食器洗いやごみ捨てみたいな事柄は、生きていく上で、いつか必ずやらなければならないことだ。
その頻度は人によって多少異なるかもしれないが、社会に生きる人間の教養としては、ごく基本的な部分。
生命力とも言える部分だ。
性別役割の問題ではないはずだ。
生活をするために、お金が必要で、それを稼ぐために仕事をするということも、当然生きるための基本の部分だ。
これだって、性別役割分担などと言い出すのは大げさだ。

戦争に兵隊で行く、とかそういうレベルの話になると、女性向きではないかも、とは思うが、現代の世の中での性別役割は、所詮こんなものだ。
甘えているからこういうことを言う。甘えられる相手がいるからこういうことを言えるのだ。
それは甘えられる側から言えば、ときに「度がすぎる」のかもしれない。だから論争が起きる。

全ての男女が、性別役割分担に適応するわけではない。
料理がすきな男もいれば、残業で夜遅くなる女もいる。
より得意なことを、より好きなことを、より時間がある方がやれば良いのだ。
一方の役割と決めるわけではない。その日、余裕がある方がやれば良いのだ。
それが一番シンプルで、ストレスの少ないすごし方なのではないか、と思う。
肯定するにしても否定するにしても、世間は少し、性別役割に敏感すぎるぞ。

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Jul 06, 2004

少子化はいけないのか

合計特殊出生率がついに1.29.
東京だけで言えば1.0を下回って、0.98いくつかだとか。
ああ、申し訳ない、とか思うわけだが。

だけども。
少子化っていけないことなのか?とも思う。
人口が過大かすることよりも、少子化こそが、解決せねばならないことなのか?

子供の頃、むしろ少子化よりも人口過密が問題とされていた。
まあ、それは東京に限っての話だったかもしれない。

人口が過密化するとどうなるか。
きっと、自然がなくなるのだ。
森林が壊され、山は切り開かれるのだ。

子供の頃は、東京だって、周りに里山があった。
丘だとかがあって、そういうところで子供は遊んだものだ。
私は武蔵野台地とかで育った。
くわがたとかがいた。
かまきりも、いた。
そういうものが、人口過密とともに失われている。
東京では、箱型の家、空中に住むようになっている。(=マンション)

現在、少子化が叫ばれているのは、高齢化との対比の上のことだ。
今だって、人口自体は増加している傾向。
昔は60から70で死んでたのに、いまや80まで生きる。

そう考えていけば、今の出生率1.29というのは、自然の摂理と言えないか。
もはや、子育て施設とかの問題ではないだろう。
人口過密が進んでいる東京は、出生率1.0をついに下回った。

出生率2.0だと、ちょうど人口は均衡していく。
だけど、二世代前の、祖母の時代、6人兄弟とかが、結構いた。
うちの父も母もそれぞれ6人兄弟同士だった。
それは、父母の育った家庭に限っていえば、出生率は6.0だ。
孫の私は出生率0.0だ。
ちょうど、良いバランスではないか。
日本の自然破壊のペースから言えば。

年金が破壊する、なんていうのは政策の問題だ。
そんなことは政策を変えれば良いのだ。
それよりも。
人口過密から起こる自然破壊。
そういうレベルで考えれば、むしろ、私たちは自然破壊抑止に貢献してるんではないか、
なんて、考えてしまう。
(黒川葉子)

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Jul 05, 2004

安全安心の農業と化学物質

はじめまして、24期の菊地敏夫と申します。
普段は日本ビクターお客様ご相談センターで相談員をしています。

休日は、地元(土浦)で霞ヶ浦市民協会の会員として里山保全や水質調査、子ども達と環境学習をしています。
かすみがうら*ネット の個人メンバーのサイト泳げる霞ヶ浦で
活動内容を見れます。

今回は、霞ヶ浦の水を飲んでも平気なの?
特に昨年コイヘルペスKHVで大量のコイが死んで、あの汚れた水に強いコイが死ぬほどの水を飲んで大丈夫だろうかという疑問に参考になればと化学物質の研究者の松崎早苗さんとNHKのETVスペシャルで話題になった「不耕起
栽培」の岩澤信夫さんをお招きして講演会を開催しました。
(参加者約130名)

松崎さんは「人間の体は16兆個の細胞でできていて各々が微妙なバランスで成り立っている。分子構造の大きい
ウィルスやダイオキシンなどは細胞が危険を察知して信号を発するが、分子構造の小さい化学物質や似通った分子はそのまま取り込まれてしまう。すると本来の発育が遅れたり情緒が不安定になったりする子どもが増える。」と警告を発せられました。

最近の「切れやすい子」も化学物質の影響?

一時騒がれた環境ホルモンもあまりマスコミに出なくなった。これは何故?
アメリカの化学学会が「因果関係の認められない化学物質は環境ホルモンと認めない」とガイドラインを決めて
日本政府、化学業界もそれに追従。宣伝効果が功を奏している。忸怩たる思いをしている。

ベトナム戦争で枯葉剤を使ったアメリカが、もし原爆の開発が遅れたら日本に使う予定であったという話にショックを
受けました。ベトちゃんドクちゃんの日本版太郎ちゃん花子ちゃんが出来ていたかもしれない(同じ名前の人、ゴメンナサイ)

水俣病やPCBカネミ油症のように被害者が出ている訳ではないけれど、化学物質過敏症(杉並病)アトピー性皮膚患者に見られるように化学物質は着々と現代人を蝕んでいる。

そこで岩澤さんの登場。本人、ガンを宣告されて遺書のつもりで書いた本(不耕起でよみがえる 発売元創森社)
でガン細胞まで退治したようなカクシャクとしたおじいちゃん。

話が上手い!(24期の岩瀬さんも感激)面白い!!

農業の常識は「耕す」こと。秋かき、冬かき、春かき、代かき。年がら年中土をまぜかえす。
岩澤さんの農法は「耕さない」刈った後もそのまま、冬になって水を入れる。(普通は乾田にする)
固い土に苗を植えるとイネが野生に目覚め冷害、虫、病気に強いたくましいイネが育つ。
副産物としてメダカやドジョウ、タニシやカエルといった田んぼの生物が帰ってくる。
アキアカネは前がかすむほど飛び立つ。この生き物たちが水をきれいにしてくれる。

冬にはマガンや白鳥が飛んできて雑草の根や浮き草を食べてウンチをしてそれが自然の堆肥になる。
ガンや白鳥を見にグリーンツーリズムもできて村おこしにもなる。

一番の障害は、農家の意識改革だ。
「あんな田んぼではイネ育てねえ!」家族、じいちゃん、ばあちゃん、茶のみ友達が心配しいしいやってくる。
「不耕起栽培」ではなく「不幸起栽培」だという。農家は化学肥料と農薬なしではコメは作れないと信じている。
農家にとって一番効くのは、消費者の声だ。
「安心して食べられるコメ食わせろ!」「農薬も化学肥料も使っていないコメ食わせろ!!」
農林省も今までの減反政策を改め「売れるコメ作り」に方向転換。
今までのエネルギー消費型の工業化した農業から循環型、環境保全型農業にシフト。

それで本当においしいの?
「一度食べたら分かるよ、全然違うから。」と5月に佐原に田植えに行った人の弁。
こりゃ、秋の収穫でいくっきゃないね。

NPO法人メダカの学校.http://www.npomedaka.org/fukouki_01.html


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Jul 04, 2004

三菱自動車は重罪だ。

いきなり、怒っちゃうけど(^^;

ネットで「三菱自動車、車が売れないと悲鳴を上げている」
というニュースがあった。

当たり前である。何を今さら、「車が売れない」だ。
三菱製の車に火をつけたりという暴動が起こったって
不思議ではない状況なのに、この危機感のない様。
いつまで、日本の消費者をバカにするのか、と私は言いたい。

確か5~6年前、いや、もっと前かも知れないけれど、
私の家族も三菱の車に乗っていた。
初めての新車だったので、まめに点検に行っていた。
ところがある日、どこかのゴムが外れた。
私は車に詳しくないのでわからないが、
それが外れるとブレーキがきかなくなるらしい。
すぐさま、修理をしてもらった。が、次の日、
仕事の帰り道に走っていたら、今度は、オイルがもれた。
周囲の車がオイルがもれていると教えてくれたために
すぐに気づいて対処したが、運が悪かったら燃えていたよ・・・。

どちらの場合もすぐに修理に出したが、
原因を聞いても「おかしいですね~」と言うだけだったそう。
点検してすぐに起きた事故だったため、私の家族は、
点検ミスだと怒り、謝らせた。

きっと、これはリコール届けをしなければならない
案件だったんだよね。だけど、してないんだよね。

こういう経験をしている人、多いのではないでしょうか。
今こそ、消費者の怒りをぶつけるべきです。
車が壊れるだけでなく、人の命もなくなってるんです。
そう簡単に許せる問題ではない。

月並みな言い方だけど、消費者には「買わない」という、
何よりも強い「選択権」がある。
消費者が買ってくれなければ、企業は生きていけない。
三菱自動車の再建などあり得ない。
新車など、誰が買うもんか!
(って、私は免許持ってないけど・・・)

参考:自動車のリコール等情報 三菱自動車工業関連ニュース
    株価

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Jul 03, 2004

消費生活アドバイザーとは何ぞや

消費生活アドバイザーとは何だろう。
私がこの資格を取ろうと思ったのは、なにか、お買い物のアドバイスみたいな資格なんだろうと思ったから、ミーハーな私にぴったりと感じたからだ。
口コミだとかで、「これいいよー」なんて人にアドバイスすることがある。
そういうことを言うにあたってなにか、説得力がつく資格なんだろうか、とか、そんな風に思っていた。
でも、調べてみたら、どうやら、けっこうもうちょっとお堅い、消費者団体っぽいものらしい。
洋服や、食べ物に関して、感覚的な「良い」ではなくて、理論に裏付けられた「良い」をお勧めしなければならないらしい。
それに、「お勧めする」っていうよりは、「注意を喚起する」みたいな役割の資格だったらしいのだ。
「賢い主婦」のような資格。

だけど、世の中、「正しいこと」と「納得できること」は違うような気がする。
正しいことを当然に納得できるような人に対して消費生活をアドバイスする必要も少なかろう。

「それだけどもどーしてもやってしまうのよ」
てな人に対して、何か有益な情報を発信したいと思います。
いや、有益なんて自分で言うのは非常におこがましい。
考えるきっかけを発信することができれば良いなと思います。

このBlogをやろうと決まったのは不肖わたくしと、岩村さんとの飲みの席でのいきおい。
きっかけもはなはだ軽いけれども、このBlogのテーマはその軽さ。
気楽に気軽に、軽い問題から重い問題まで取り上げていけるといいな。

正統派な消費生活のアドバイスは国民生活センター様他、各種HPにお任せして、このBlogでは、「底辺」からの叫び(ちと大げさか)をお送りしたいと思います。
そこで、消費生活アドバイザーの資格をお持ちの皆様に、お願いします。
このBlogのライターになっていただけませんか。
「表の顔」ではなく「裏の顔」、もしくは「本当の顔」でこのBlogを育てましょう。
「ライターをやってあげますよ」とメールに記述し、岩村宛ご連絡くださればOKです。
(黒川 葉子)

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Jul 02, 2004

作ってみた。

消費生活アドバイザーってなんだ?知らないなー、何それ?
お客様相談室の人?クレーム係?消費者センターにいる人?
そんな風に思う人が多いかも知れない。
もしくは、主婦を中心とした消費者団体で、企業にクレームの
電話をかけるんだよね~、なんてイメージもあるかも知れない。

そう言われてみると、私もけっこうクレーマーである。
夜中に食べに行ったラーメン屋(チェーン店)の定員の態度が
悪いと言って、本社に苦情の電話をしているし、
あるコンビニのクーラーの掃除が行き届いていないがために
悪臭を放っているよ!と電話をしたこともあった。
私は視力は低いが、鼻はいい。

いやいや、そういうことじゃなくて、
資格試験を実施している日本産業協会によると、

消費生活アドバイザー制度とは、消費者と企業または行政等との"かけ橋"として、消費者の意向を企業経営または行政への提言に反映させるとともに、消費者からの苦情相談などに対して迅速かつ適切なアドバイスができる人材を養成する目的で、経済産業大臣の認定を得て実施する技能審査(消費生活アドバイザー試験)に合格し、なおかつ一定の要件を満たした者に対し消費生活アドバイザーの称号を付与する制度です。

なのです。だからでしょうか。

ネットで見かけるアドバイザーの文章はとても立派なものが多い。
知識も豊富で、いわゆる「優等生」である。そりゃ、そうだよね。
何たって、企業や行政に消費者の視点で「提言」するんだから。

だけど、その一歩手前の消費者の視点で書いた文章が
読みたいんだなー。上から物を言うんじゃなくて、
教えるでも、提言するでもない。
アドバイザーの鋭い視点で、日々の出来事に対して
怒っているような、(あ、別に怒らなくてもいいんだけど。
あまり怒りすぎると熱が出ちゃうし)
そんな記事が読みたい。

ページを作ったら誰か書いてくれるだろうか。
とりあえず、作ってみちゃえ!ってことで作ってみた。
ご意見など、お待ちしております。

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