第21回水郷水都全国会議in久留米・柳川
6月10日~12日、水郷水都全国会議in久留米・柳川に行ってきました。
前回(昨年11月)の浜松大会に続いての参加です。
今回の目的は、柳川の掘割下りをすることと公共工事の進め方を巡って住民と国、自然と人間の折り合いをどこに見出すかという事です。
柳川の掘割は昭和40年代にドブ川化した掘割を埋め立て予定であったのを、一人の市職員(故広松伝さん)が「1年間だけ待って欲しい」と市長に直訴してゴミ拾いをしながら市民が加わり埋め立てを思いとどめさせ、その活動が「柳川掘割物語」などマスコミで紹介され全国から大勢の観光客が訪れるようになり地元経済にも貢献したという。掘割は元来城の防御用として又物資の運搬用として整備されたが、現在でも農業用水として利用されているそうです。船頭さんの話では、「昔は堀でよく泳いだ。魚もたくさん捕れた。」と掘割に対する愛情が伝わってきました。
そういえば池波正太郎さんの「鬼平犯科帖」や「剣客商売」でもよく小名木川や大川(隅田川)の情景がでてくるが、かつての江戸は「東洋のベニス」と言われるほど町中に水路(運河)が張り巡らされていた。
戦後高度経済成長で、川を暗渠化して高速道路を掛けたりして川辺の風景を台無しにした反動がここにきてスローライフ、環境都市という名目でリバーサイド再生が沸き起こっている。水辺の風景や掘割の復活もいいが、ゼネコンや官僚の策略で住民不在の第2の公共事業にならない事を望みたい。
公共工事といえば、「諫早湾干拓事業」と「川辺川ダム」問題が今回の会議でもメインテーマに上がった。
「宝の海・有明海・不知火海を取り戻せ」という漁民を中心にした弁護団長の叫びと農水省のあくまで工事続行の対立の構図に一度は司法が待ったをかけたが、高裁で逆転。最高裁に持ち込まれることになった。
川辺川ダム問題でも、住民の同意書が偽造であったり同一人物の署名であったり、専門家と官僚の描いたシナリオに対して住民が「NO」を唱えている。
ただここにきて変わってきているのは、「反対」だけではなく「対案」を出す知恵を住民が身につけたこと。
「緑のダム」や江戸時代の治水技術に学ぶ「温故知新」の考え方。徳島吉野川第十堰の技術や今回の会議でも紹介された佐賀平野成島兵庫の遊水地を巧みに利用した治水技術、自然と人間がおりあいをつけながら、その土地にあった工夫をしている。
官僚や専門家のダム一辺倒の規格品の大量生産、河道主義ではどうにもならなくなっている。
大型予算に群がるゼネコン・地元議員や国会議員も予算獲得に奔走するのではなく、住民の暮らしや昔の知恵に耳を傾けてはどうだろうか?
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Comments
菊地様
「広告*消費者問題Blog」のNancyです。コメントをありがとうございました。
私もときどき、こちらのブログを見せていただいていました。みなさんでやってらっしゃるのでいいなーと思っていたんですよ。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
Posted by: Nancy | Jun 20, 2005 at 12:20 PM