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Jul 28, 2006

米国産牛肉回避宣言

前回11月の決定といい今回の決定といい「再開ありき」で国民への説明が全然不十分。
それが気に入らないから、断固米国産牛は拒否しようと決めた。

冷静に考えてみれば米国産牛を食べたら即危険というわけではないし(ま、危険があるとわかって食べるのもね)、2003年12月に輸入停止が決定されるまでは普通に食べてたわけだし、もう手遅れかもしれない。
それに、牛肉として売ってるものや、肉の形を残している加工食品ならば警戒するけど、牛脂や牛エキスの使用なんて、どの食品に使用されてるかなんていちいちわからないわけだから、消費者としてはたぶん避けようはないんだろう。

だけども、合理的な根拠やきちんとした説明なしに輸入再開した経緯への抗議の意味も込めて、避けられる限りの米国産牛を避けたいと思うのだ。それにできるだけ避ける努力をするってことは、まったく避ける努力をしないよりも、「大当たり」になる可能性は少しは減少するだろう。
頭がスポンジになるのは嫌だ。

まあ、普通の肉はともかくとして、問題は加工食品だろう。
生鮮食品は原産地表示が必須だけれど、加工食品には今のところそういうルールがない、と私は理解している。
限定的なルールはあるようだけど、たとえばカレールーやレトルトカレーや冷凍食品などには表示ルールはない。
(こういうのは加工食品というのではなく、調味料というのかもしれないけど。正式には)

今日の報道では「10月からは加工食品にも表示義務ができる」とあった。
そのことについて知りたくて、農林水産省の「消費者の部屋」に電話をかけたが何度かかけてもいずれも通話中。
やはり質問殺到してるのかな、と思いつつ、関東農政局に電話してみる。

農政局の担当者は、べらんめえ調というか、非常にざっくばらんな対応で10分以上相手をしてくれた。
10月からの制度について詳しく知りたい、どこかで発表してるのか、と聞くと、
「すごく発表している。そんなことも知らないのなら話にならない」
ということになり、まずはネットで見れるその説明のコンテンツを教えてもらうところからスタート。

私は冷凍食品や野菜を一品加えて炒めればOKみたいな「調味料」の方をイメージしてたんだけど、農政局の人が「すごく発表している」と言ったのは、要は「一部の加工食品について決まっている」ということだった。

極めて「生鮮」に近い加工食品がその対象で、たとえば「牛豚合挽肉」などの場合、加工食品として扱われるので現在は表示義務はない(決定はしてるけど待機期間みたいな感じ)が、10月からは原料原産地表示が必要になるということだ。
つまり、加工食品を「加工した場所」ではなく、「加工するために使った材料の原産地を表示する」ということ。

ただ、「主に使われている原料」についての表示義務なので、たとえば牛豚挽肉で豚肉60:牛肉40ならば、豚肉が「主な主原料」だから豚肉にのみ表示義務が生じる。
「主に使われている原料」とは、50%以上を占める原料のことだ。
良くわかったけれども、それでは私の目的は解決しない。
要は、米国産牛を回避したいわけだ。
主な主原料でなく米国産牛が混じっていた場合、このルールでは消費者は判断できない。

そのことを伝えると、「その場合は食べないという選択をする他ない」というお答えだった。
そのあたりからこの農政局の人、だんだん本音みたいのがでてきて、
「自分の個人的意見」
とした上で言っていた。
「主な主原料じゃない場合がイヤなんだよね」
「だけど、一番問題は給食ですよ。自分も子どもがいるけど、給食業者も民営化したから当然使うでしょ、米国産牛」
回避する手立てはないのかと聞くと、
「保護者が騒ぐほか手立てはない」
とのこと。

そう言えば、川崎厚生労働大臣も言ったそうじゃないか。
「米国産牛を大臣は食べますか?」と聞かれて、
「立場上、食べます」ってこれ、本音が出ちゃった?
中川農林水産大臣は、
「どこの国の肉だって、おいしければ食べる」
ってそれ、答えになってないよ。
行政の職員の人が本音を言う分にはともかく、川崎さん、中川さん。決める権限をもってるのはあなた方でしょ?

農政局への問い合わせに加えて、いくつかの食品メーカーにも電話をかけてみたが、まだ検討中というところみたいね。
はっきり「使う」と宣言してる吉野屋ディー・アンド・シーなんかはわかりやすいからいいんだけど、「当面使用しない」とお茶を濁してみたり、他社の出方を見てるんだろうな。
本音は「消費者の忘却を待つ」なのかもしれない。
どうせ、この騒動だって、半年もたてばみんな段々忘却してくるだろうよ。

使うなら使うでいいよ。素直に言ってくれれば消費者は選択できるから。
はっきりしないのが良くない。

農政局の人も言っていた。
「嘘つかれれば終わりです」
って。
だから行政は頼むからそういう「嘘つかれれば」みたいなことに対して対策打ってほしいんだけどね。
ただ、比較的HP上でも安心安全に関する姿勢をはっきり示してて、食品パッケージにも表示を行っているヱスビー食品は、
「現在検討中でまったく未定だけれども、決定を行うときにできる限り消費者の方の声を聞きます」
と言っていた。
はっきり「検討中」と言い、その理由も「供給量の見極め」と答えたヱスビー食品はある意味正直。きれいごとで固めてないところが。
だから、この会社が「消費者の声を聞く」と言ったのも、本音に近いのかもしれない。

米国産牛を回避したい人は、今後は自力で情報収集して回避していかなければならないのだけども、この際一歩進めて声を出してみてはどうだろう。
農政局には電話番号と名前を聞かれた。
報告書を書くためだそうで、「消費者の不安の声」として、ちゃんと報告してくれるそうだ。
企業だって、顧客の動向を注視しているのは確実で、そういう不安を1人でも多くの人が伝えれば、良い方向に動くと思う。
レストランで昼食をとるとき、居酒屋で一杯飲むとき、一言添えれば良い。
「牛肉の原産地はどこですか?」と。
答えられない店ならば牛肉を使ったメニューは注文しなければいいし、豪州産を使ってる店ならば積極的に牛肉メニューを注文してあげればよい。
「できる」会社ならば、こういう顧客の声は、必ずチェックしているものだと思う。

黙って「米国産を選択しない」だけでは相手にその意図は伝わらない。
一言聞いてみれば、「選ばない理由」が伝わるかもしれないのだ。
市場原理市場原理と言われ続けてる私たち。
消費者だって積極的に「市場原理」を利用すれば良い。

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Jul 25, 2006

命に値段?診療報酬ランク付け

医師の技能に応じて診療報酬がランク付けされるようになるかもしれない。
厚生労働省の諮問機関である中医協が、「現行の一律料金では医者の能力向上を妨げる」
として検討を開始したそうだ。
技術次第で報酬は最大2倍の差が開く。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060725k0000m010129000c.html

ということは病院も美容院みたいになるってことだ。
担当医の技術によって患者負担は左右され、しかも患者側から医師を指名する形が浸透してくるだろう。
人気のある医者には簡単にかかれないようになり、病気になるタイミングによっていつもの先生にかかれなかったり、「指名」のない初診時には見習い医師が出てきたりってことにもなるんだろうか。
診療報酬に2倍の差がつくってことは、貧乏ならば泣く泣くランク下の医師に診てもらうしかなくなる場合もありうる。
ってことは、貧乏でお金が払えなかったばかりに医療事故や診療ミスの起こる確率が高い医師を選ばざるを得ず、そうなったとしても、
「あらかじめランク付けで情報公開はしていた」
とか言い逃れられて、またもや患者の「自己責任」にされるのだろうか。

これが「改革」の成果だよ。
今日本では、改革=善とする風潮が高く、改革に慎重だと「抵抗勢力」なんて言われちゃう。
だけど「改善」も「改悪」も、「改革」と言ってしまえば区別がつかなくなる。
変えることだけが目的になっちゃって、片っ端から改革競争する。
おかげで「改革」という名のもとに、「医療制度改悪」や「障害者(切捨て)支援制度」が生まれ、最後の砦である生活保護制度さえも額を少なくしたり、土地や住宅を担保にする制度が創設されたりしそうな方向だ。

そしてまた、犠牲になるのは弱者だ。
ただでさえ保険料や住民税の負担がどーんと増えて困ってる高齢者や、「自立」の名のもとに普通に生活するためのセーフティネットにさえ「料金」がかかるようになってしまった障害者は今度は医療現場でも格上治療は受けられなくなる可能性が高い。
小さい子どもだってそうだ。
子育て世代(=現役世代)の所得はけして高くない。
今の日本で一番金持ちなのは例外を除けば(普通のサラリーマンとかで考えれば)子育てを終えた50代後半~60代くらいの人たちだ。
小さい子どもを持つ「働き盛り」の30代40代なんかはまだまだ家計が汲々としている。
だけど、貧乏人だって、家族が病気にかかったときに、お金が足りないせいで格下の医師を選択するなんてことは積極的に選択したいはずがない。
最善の選択を施してやれないのならば、子どもを産むのはやめておこう、と思う人々が増えたって仕方がないと思う。

そもそも良い医師には「技術料」を上乗せって考え方ではなく、悪い医師をなくす方に力を注ぐのが先だ。
見習い美容師に失敗されたとしても髪は伸びる。
美容師の場合ならば「今日は前髪をそろえるだけだから見習いさんでもいいや」とか、「今日は気合を入れるからトップスタイリストに頼もう」なんて選択も簡単だが、主治医というのはそうたびたびころころ替えるものではない。

医療の場合には「悪い医師」がいること自体が問題ではないか。

新人医師が経験を積む必要はあるだろうが、それはたとえば手術をベテランと組ませて場数を踏ませるとか、生命に関わりの薄い軽い病気から担当するとか、他にも方法はあるだろう。
新人医師の料金を安くするってのは、弱者を練習台にしようって言ってるようなものだ。

中医協は2008年度の診療報酬改定での導入を意図しているらしい。
それまでにこの新自由主義一直線に歯止めをかけなければ、本当にヤバイことになる。

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Jul 18, 2006

野菜栽培

縁あって別荘地に土地を手に入れることになり、隔週弱ぐらいの頻度で週末を過ごしています。せっかくなので、ごくごく小さなスペースですが野菜などを植えてみました。東京の自宅でもプランターでの野菜栽培には挑戦していましたが、プランターという限られたスペースのせいか、都心部の日照条件のせいか、ヒートアイランドによるあまりの暑さのせいか、満足な収穫ができたことはありません。そのリベンジというわけではないですが、日当たりはいいし、土壌も素人目には豊そうで、苗さえ植えればすくすく大収穫を期待していたのですが、とんでもなく甘いものでした。

朝晩に霧がでるような場所なので水切れの問題はないようですが、1週間後に行ってみると美しく耕したはずの畑は草ぼうぼう。植えた苗はさんざん虫にかじられ、雑草たちの旺盛な生命力の中に埋没してしまっています。また、日照時間が少ないせいか夏野菜はなかなか大きくならず、やっと実がなっても食べられるところまでちゃんと熟すのはほんの1~2個というありさま。しかも、スーパーで見慣れた野菜に比べれば小さく、傷があったり、虫にかじられたり、どうやったらこんな形になるんだというオブジェのような形になったり。味の方も決して特においしいわけではありません。特に、雨が多く春以降日照時間が少なかった今年の途中経過はさんざんです。

何を当たり前なことを、と言われるかもしれませんが、野菜って苗を植えればできるものじゃないんだということを実感として感じています(もともと避暑地になるような場所なので、野菜栽培に決して適しているわけではないのでしょうが)。店頭で、常に溢れるように売られている大きく、形がよく、おいしい野菜を目にすると、その収穫までの知力、体力、コスト、手間を少しは想像しながら、どうやって割が合うのだろうとしみじみ価格を見つめてしまいます。かと思えば、区民農園を利用していた近所の方はきゅうりを植えたらびっくりするぐらい収穫できてしまい、最初はせっせと食べていたけど家族からノーモアきゅうりのブーイングが出て誰も食べなくなってしまった。という話を聞きました。旬って恐ろしいのよね~なんて言っていたのが印象に残っています。

とっても美しく正しい自給自足や地産池消やらの概念、言葉はそうそう気軽には使えないなあなどと、野菜を見るたびに少しばかり思いを馳せたりしている今日このごろです。

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Jul 05, 2006

更新講座

日本産業協会主催の消費生活アドバイザー更新講座に参加しました。

経済:消費生活とダイレクトマーケティング
消費者問題:市場の課題としての商品開発~消費の今日的問題を探るために~
環境:自動車リサイクル法制定の背景と施行状況

消費生活とダイレクトマーケティングでは、日本伝統の訪問販売(富山の薬売り)が様々な悪徳商法(リフォーム詐欺や認知症のお年寄りを狙った押し付け販売)によって消費者から敬遠されて、代わりに20数年前はいかがわしい商法と見られていた通信販売がテレビショッピングやカタログ販売で消費者の心をつかんだと概観。

今後はさらにコンピューターの発達とコミュニケーション手段の進化によってB to B、B to C、C to Cのサービスが発展する。この流れは、働く女性の増加、団塊世代の大量退職によって拍車がかかる。

一方で車に乗れない高齢者やデジタル・デバイドの情報弱者に対しては、訪問販売が有効なツールだが「喜ばれる業者」ばかりではないことを指摘。
「昔はわざわざ店に買いに行かなくても、魚屋や豆腐屋が路地まで売りに来てくれたもんだ。」という古老の言葉を思い出した。

電話による商売についても解説。
アウトバウンド(発信型)、インバウンド(受信型)、迷惑電話、プライバシー、パーミッションマーケティング。
携帯電話への広告など新たなサービスが生まれている。

また電話料金が距離に比例しないことからコールセンターが地域発展の担い手になる。(アイルランド、ダブリン、多言語を話し法人税が安い)日本では沖縄が先端地区。
オペレーターの教育、スーパーバイザーの教育、マネージメントシステムの確立が課題。

消費者問題:市場の課題としての商品開発~消費の今日的問題を探るために~
21世紀の商品市場を「調和価値」という観点から再考、「調和価値」とは個のわがままを追い求めた結果、公共性や倫理観というものさしで測りなおそうという価値と理解。

消費者の側からは、従来の顕在化、個別的な問題が、潜在的に社会構造的な問題に変化している。
(環境問題に見られる被害者と加害者の関係の様相)

企業の側からは、グローバル化、技術革新の加速、競争相手が見えない環境下で、組織・人・活動のコミュニケーションの質が問われ、ネットワーク間の垣根が依然と高い。

「消費者対応部門」の位置付けは、苦情・相談業務から経営革新のための「戦略部門」となる。
企業の消費者対応部門は、社会の動向をいち早く察知して、トップ、社内部署へ市場の情報を伝達、社会・市場との「コミュニケーション活動」の専門部門となる。

たしかにコールセンターにかかってくる電話は、玉石混合という感じで、最近では一人暮らしの高齢者からの電話も多く、社会構造的な問題を感じる。ユニバーサルデザインや新商品のアイデアに事欠かないと思う。

社会・市場とのコミュケーション活動も株主やディーラーといった利害関係者に限られており、一般市民や市民グループ、消費者団体、地域社会とのコミュニケーションは不足です。

社内における「消費生活アドバイザー」の活用も問題です。
様々なジャンルでアンテナを持っている消費生活アドバイザーをもっと企業は利用すべきです。

まずは、自身の感度を磨いて、疑問に感じたことを周囲に投げかけ、問題を共有化していこうと思いました。


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