保育サービスって
何かにつけて少子化問題が議論されていますが、その中の大きなテーマとして保育園の不足、待機児問題があります。保育園が不足→育児と仕事の両立ができない→産まない、産めないという三段論法が、大きな社会現象である少子化の要因としてどの程度効いているかの見極めは難しいですが、個々の家庭にとっては保育園に入所できるかどうかは一大事。ここ数年都心回帰とやらで大規模マンションがにょきにょき建ったせいなのか、これまでなら確実に入れると見込まれた条件の人が待機となってしまい、某区の保育課窓口に押しかけて大変な騒ぎであったというハナシも聞きました。
我が家の場合も、近所の保育園は夜間保育実施かつ交通至便で人気が高く、自宅からかなり遠い園に何とか入所できた状況です。近所の園に転園の申請を出し続けてはいるものの、なかなか困難。そんな状況で2人目出産を夏に控え、保育園問題は頭の痛い、かついろいろ考えさせられるテーマです。
もともと認可園の場合、保育園への入所は行政の措置制度であったのが平成10年の児童福祉法の改正で利用者による選択方式の制度となっています。だからといって、実際利用者が“選択”できるケースは都心部に限ってはまずないでしょう。各家庭の「保育に欠ける」(すごい表現だと思うが・・)状況を点数化し、点数の高い家庭から優先的に入所が認められます。なので、保育所に入所を申請する際には、家族構成や勤務先、勤務状況などに、収入等非常にプライベートなことを記入した書類の提出が必要です。大雑把に言って、求職中よりは有職、外勤、長時間勤務が優先されるのはもちろん、祖父母が遠方かどうか、一人親家庭かなどの要素が検討されます。合理的なようですが、果たしてこのシステムが公平なのかという疑問は、この体系では低得点となる我が家の場合常に頭を離れません。また、自分の家庭の状況を第三者に点数化され、その点数によって望むサービスが得られる、得られないという状況は、自分の欲しいもの、受けたいサービスは自分の手間ひま努力とコストをかければどうにかなると、この消費社会でウン十年刷り込まれ、信じてきた私にとっては、非常に違和感があるものです。保育料が実質無料から最高5~6万円(月額)まで世帯の収入に応じてかなり異なり、保育時間や立地や内容などサービスの質には関係ないというのも不思議な感じがします。
そもそも行政の保育サービスは福祉であるという考えがベースになっているため、自己選択・自己責任、価格とベネフィットのリンクや匿名性といった私の一般消費者としての常識とは相容れないわけです。しかしながら、保育園をめぐる状況は大きく動きつつあります。東京都が平成17年に策定した「次世代育成支援東京都行動計画」では、都市型保育サービスの充実への取り組みとして、認可保育所の「保育に欠ける」要件の見直しと直接契約制度への転換などが提案されています。要は在宅の子育て家庭も利用できるようにする、ニーズに合わせたサービス提供を競争により促進させるということかと思います。実際、都心部を中心に民間による保育所の新設も相次ぎ、幼保一元化、公設民営化園など新たな形態の保育園も登場しています。交通が便利、教育もしてくれる、時間に融通がきく、親の手間が少ない等のニーズに応える一方で、設備面や人材面での不備を指摘する声も聞かれます。措置制度から契約制度へと転換した介護保険制度で、給付費の増大やサービスの質の問題が指摘されている例が思い出されます。
規制緩和や小さい政府を目指す現在の社会状況では、従来のように公設の認可園だけが保育サービスを担うことには限界があり、ユーザーニーズの点からも現実的ではないでしょう。そうすると保育の質が保証されない・・というのはよくある議論です。それに対して、ユーザーが唯一できることは、徹底的に選択を行うということです。過渡期であり、かつ絶対的に保育サービスの量が不足する売り手市場の中で、手間もひまパワーも、もしかしたらコストもかかるかもしれませんが、どの保育園に預けるかという選択や入所後のサービスの質に対しても、厳しい眼と発言、行動をしていかないと、と自戒をこめて考えています。

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