Sep 10, 2006

市民メディアサミット

市民メディアサミット06の交流会に参加しました。

知り合いのセッションにも参加したかったが、地元での里山交流会とバッティングしてしまい夜のみの参加。

会場のZAIMは、既に人の渦。その中から見知った顔を探して挨拶。

普段、ネットでしか会話していない仲間も飲み会だと本音が聞けて嬉しい。

人々の関心の赴くところにメディアがそっと寄り添う形が理想。

何も大上段に構えて、地域活性化だ、安全・安心のまちづくりだと連呼する必要はない。

むしろ今日あったこと、フーとため息をついたことを書き留めるメディアがあればそれでいい。

ネットでつながり顔を合わせて絆を深め、さらに何か一緒に汗をかく。

そんな循環を繰り返しながら市民意識を高めていきたい。

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Jun 26, 2006

在来魚釣り大会

霞ヶ浦周辺の水路(美浦村大山余郷入り水路)で在来魚(フナ、クチボソ、タナゴなど)の釣り大会を行いました。
(主催:霞ヶ浦市民協会)昨年に続いて常連の家族連れや熟年夫婦など約20名が参加。

餌はアカムシ。仕掛けはタナゴ釣りの小物用。竿は1,5m位の短いもの。
昭和30年頃、霞ヶ浦周辺の水路ではタナゴ釣りが大ブームでした。

その後高度経済成長で川がコンクリート護岸になったり、生活排水で汚れたりでタナゴが住む場所がなくなりブームも去りました。その代わり外来魚のブラックバスを求めて都内から釣り人が押し寄せて来ています。

今回の試みは、昔ながらのタナゴ釣りを楽しもうというもの。
又、子ども達に地域の川にもっと近づいてみようということから発しました。

今の30~40代の親の世代は、子どもの頃に「川で遊ぶな、川で遊ぶ子は悪い子だ。」と言われて育ってきました。(川は汚く危険な所というイメージが刷り込まれました)

そうして育った子どもは大人になっても子どもを川には連れて行きません。
東京方面や大型SCで休日を過ごすライフスタイルです。

このままでは、川遊びの楽しさを知らずに育った大人が増え続けます。
そういう大人が土地改良区や都市計画に携わると「川なんて埋めて駐車場にしよう」ということになりかねません。

川は、子どもが一番最初に自然と接する場所です。
今回の釣り大会でも家族連れの姉妹で、最初エサを釣り針につけるのを嫌がっていたのがしまいには自分でエサを付けて釣れた喜びを体全体で表していました。

子どもは、元々川遊びが好きなのです。
先日も桜川探検隊で、子どもを川に放したところ時間が過ぎても一向に上がってきませんでした。

三つ子の魂百までの諺通り、子ども時代に川で遊ぶ楽しさを体験させ、大人になってまた子どもを川に連れていく、東京方面や大型SCに行かなくても充分地元の川で1日過ごす、そんなライフスタイルを提案していきたいと思います。


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May 30, 2006

炭焼きとウグイス

先週末27~28日、つくば市上境の雑木林で炭焼きを行いました。
雑木林で遊ぶ会

材料は、昨年竹細工用に切り出した真竹、間伐したスギ。
真竹はあらかじめドラム缶に入る長さに切断し4つに割り、スギも同じ長さに切断し薪割り斧で割りました。

竹は本来孟宗竹の5~6年経った堅い竹が竹炭には適しているそうです。
飾り炭の材料にマツボックリや花、竹塩の材料にミネラル塩を一緒に入れます。

火を点けてから約10時間、立派な竹炭ができるはずでしたが燃焼が進み大半が灰になってしまいました。
竹が若くて油が多かったせいか、空気を入れすぎて燃焼を促進させてしまったか、詳しいことは分かりません。

それでも充分に炭焼きとバーベキューとウグイスの鳴き声を堪能しました。
この時期のウグイスはまだ歌声の練習中のようでホー、ホケキョとは素直に鳴けません。
ケキョケキョと鳴いてみたりトーキョーキョキャキョクと鳴いてみたりなかなか楽しめます。

来月にはまだ残っているスギ材を使って炭焼きキャンプをしたいと思います。
こうした活動を通して、やっかい者の竹やスギが間伐されて里山に生物が戻ってくることを願っています。

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May 24, 2006

諦めないで、できることを

5月22日放送のテレビ東京のカンブリア宮殿を見ました。
ゲストはワタミ社長の渡邊美樹社長でした。高杉良の「青年社長」を読んで以来、モデルとなっている渡邊社長の指揮しているワタミの事業展開には注目していましたので、テレビで社長のお話を聞く機会に遭遇するとは幸運でした。

 番組は「夢を実現するための行動力」というテーマで、そのために渡邊社長がどんな手段で夢を勝ち取ってきたかが紹介されました。そのあたりの内容は「青年社長」にも詳細が記されていますので知っていましたが、そのために利用した真っ赤にマーキングされた手帳を実際に披露されると、本当にすごい人なんだなあ、と実感してしまいました。
 番組内で、インタビュアーの村上龍も驚いていましたが、「悩みはありますか?」の質問に「ありません。何か困ったことが起きた場合はその課題を乗り越えるために様々な方法を考えるので、悩んでいる暇などありません。」との回答が印象的でした。
 スタジオ内からの音楽を目指す若者へのアドバイスする場面では、「悩んでいる暇があるのでしたら、その悩みを乗り越えるための努力をしなさい。いつの間にかその悩みを乗り越えられるようになるから」という自ら実践している方法を説きました。その言葉で、相手の若者は満足そうに「渡邊社長の言葉に勇気付けられました。」と話し、やはり実践して様々なトラブルを自らが考え、乗り越えてきた人の言葉の力は強いなあと思わされました。
 また、「33歳のOLです。最近の男子社員は、ちょっと可愛い女性社員が入ってくると、とても甘やかすので、何とかして欲しい。」という内容の視聴者からの質問に、「あなたも自分が女性だからと甘えていませんか。自らが実践すべきですよ。」という一貫した自己に厳しい姿勢で、適切なアドバイスをしていました。
 そうはいっても、会社の問題など、その人の属する社会に関する個人的な問題は、渡邊社長の会社であれば正統派で通せる問題でも、世間一般の会社ではそうでもなさそうなこともたくさんありそうです。でも、お話を聞くにつけて、何かその会社会社によって取り組み方法を工夫することで多少なりとも改善できそうな不屈の精神が芽生えてくるのが不思議です。

 夢に限らず、何かを実現するために諦めないことは、実現に結びつける最低限の条件です。どんどん複雑化する社会の中には、環境問題、少子高齢化問題等々と悩める問題が山積みです。一人一人が、諦めず、最善の方法はどこにあるのかを考えるべく努力をしないといけないのもしれません。今のところの私の最善策はといえば、問題をできる限り良く知る努力をし、実現に近づける実力のある人を見極める力をつけ、選挙でその人を応援することでしょうか。しかし、情報公開についても疑問符の多い最近の風潮です。さて、どこまで情報の本質を見抜くことができるかが、鍵になってくるのかもしれません。

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Apr 08, 2006

カフェ放送の試み

大阪で活動している「てれれ」下之坊修子さんをお呼びしてカフェ放送の試みを聞きました。

きっかけは女性セミナーでビデオ制作講座を受けた主婦が、作った作品を皆で鑑賞したところあまりに面白いので
地元のケーブルテレビにテープを持ち込んだのが始まり。

「上司と相談します。」と担当者から回答をもらったが一向に連絡なし。

その後市民とメディアの関わり調査するため仏・オランダに行った際、バーや喫茶店で市民が自作のビデオを見ながら飲んだり食べたりして盛り上がっているの見て、日本でも同じような取り組みができないかと決意。
大阪・京都・神戸の喫茶店や居酒屋を回る。

「なんや分からんけど、おもろいからやってみ。」というオーナーのノリで10軒の居酒屋・喫茶店で月1回のペースで上映会を行う。2003年1月~現在は3軒で2ヶ月に1回のペース
テーマは様々、在日外国人の問題、シングルマザーの問題、HIV問題など

コンドーム特集ではメッセージを書いたコンドームを居酒屋で販売。
大学の先生の目に止まり授業で使われることにもなった。

「現場の雰囲気・空気を読みながら、自分もそのパーツになるライブならではの感覚を大切にしていきたい。」
という彼女の言葉が印象的でした。

「こんな学芸会みたいなビデオ見せやがって!」と怒ったお客もいつしか常連になったり、有機野菜を引き売りしている人が「この活動はスローフードに喩えてスローメディアやな。」と表現したりと地域ならではの情報発信、地元のケーブルテレビ局もやっと1時間の放送枠を取ることになったそうです。

テレビがワンセグのように1人に1台の時代になる傍らで、街頭テレビや歌声喫茶のように感動を一緒に共有する
動きが静かに広がっているのを感じました。

会場にきていた方で、今度上映会をしますのでよかったら来て下さいと宣伝されていました。

日時:4月26日 18:30(開場)19:00~
場所:東京ボランティア市民活動センター
    新宿区神楽河岸1-1 飯田橋セントラルブラザ10階
内容:横浜事件を生きて 制作 ビデオプレス 1990年58分
    上映後、制作者・関係者を交えてのトーク&ディスカッションあり
参加費:500円
申し込み:ビデオアクト上映プロジェクト 03-5621-2229 090-3471-7475 e-mail:jyouei@videoact.jp

市民が活字だけでなくビデオという表現手段を持って情報を発信する時代になり、その動きがインターネットによって更に加速されている現在、やみくもにインターネット放送に走るのではなく顔と顔の見える関係やぬくもりや場の温度を感じながらメディアと付き合っていきたいと思いました。

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Feb 22, 2006

スローなユピキタスライフ

CIAJの地域社会とコミュニティの発展WGで「スローなユピキタスライフ」の著者関根千佳さんをお招きしてご講演をいただきました。

CIAJというのは情報通信企業の団体で日立、松下、NEC、東芝、CSK、などそうそうたる大企業の集まり。
その中で地域の情報化を研究しているグループです。

関根さんの生い立ちから始まり日本IBMに入社して夫の転勤とともに米国へ2年間移住。
車椅子の方が普通に生活している環境に刺激を受け、帰国後社内に障害者支援の部署を
立ち上げる。その後在宅勤務を経験し株式会社ユーディト
を98年に設立。正社員は5名、契約社員280名は全員在宅勤務だそうです。

この本のきっかけは「やおよろずプロジェクト」という文科省の文理融合プロジェクト。
舞台になった高布町は高山と小布施と湯布院を掛け合わせた町。
人口1万弱。高齢化、過疎のまち。温泉と家具とチョボラがキーワードだそうです。

本の中で登場するルイカという携帯端末(情報発信とデータベース、個人別にカスタマイズされている)の
ルイは橋。キャネルは運河。人と人を結ぶという意味らしい。
重いニーズの機能を埋め込み、軽い市場を席巻するという説明が印象的。
ニン○ンドーDSを思い浮かべました。

中高生の推薦図書にも選ばれ、ITに不安を持つ青少年にポジティブな感想を持たせたそうです。
ITは怖いものではないし、使い方によっては便利な道具です。
国土交通省の審議会に呼ばれてユピキタスな社会基盤について意見を述べている。
「この本を契機に人生が変わった。」と言われていました。

今後大量に定年退職を迎える団塊の世代に「田舎暮らし」を勧めているそうです。
700万の1%でも田舎(中山間地)に定住すれば世の中変わる。

私もルイカを持って田舎で暮らしたいと思いました。
雑木林で下草刈りや間伐をしながら、日々の記録をルイカで発信していく。
たまに都会から友人が訪ねて薪ストーブや五右衛門風呂でもてなす。

出席された方からは、「そんなこと言っても田舎で何日もいたら刺激が無くて飽きてしまう。」
「デジタル家電のリモコンですら難しいのに、高齢者や障害者に上手く操作ができるのだろうか?」
と言った質問が出ました。

そこは「匠のワザ」を持つニッポン。
きっと素晴らしいルイカができることを期待しています。

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Nov 28, 2005

無線LAN初体験

先週、ビデオカメラを使って撮影した映像(静止画)をパソコンに取り込み、無線LANを使ってサーバーに送るという実験を試みました。

結論から言うと無線LANにはつながりましたが、パソコンから取り込んだ画像をサーバーに送ることは出来ませんでした。(サーバーのアドレスがあやふやであったため)

又、無線LANにつなげる場合もID、パスワードを入れるなど接続に戸惑いました。
ビデオカメラからパソコンへの取り込みは普段やっていることもありスムーズにできました。

これができれば、子供達にデジカメを持たせ「子供の目線」で撮った映像を無線LANを使ってサーバーに送り
HPを作成するという計画を目論んでいます。
普段から携帯で画像を撮ったり、HPを作成していないと将来大きくなってもビデオカメラでHPを作ることにはならないと思うからです。

mixiやGREEのように楽しく、自然に体験したことを記録してそれを見た人がコメントをつけてくれる、そんなHPを
目指したいと思います。

地域メディア研究会などでは地域SNSを使った実証実験(千代田区、長岡市)が盛り上がっていますが、実際に地域で防犯や防災に役立てるには、システムを使いこなす人材が必要なはず。人より先にシステムが先行している気がしてなりません。

実際に地域で活動している人は、高齢者や主婦、子供たち。
高齢者にいたっては携帯やパソコンは、苦手という人が多い。
主婦も今では共稼ぎで忙しい。
子供もスポーツ教室や学習塾で忙しいが、テレビゲームや携帯の扱いには慣れている。
少し使い方を教えれば、後は自分で使いこなすと踏んでいる。

子供の頃から自分の目で見た情報を発信する文化を育てていきたい。

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Nov 21, 2005

地域づくり人材育成講座

地域づくり人材育成講座に参加しました。

今回のテーマは、「活動展開の方法」と「グループ討議」
市民団体も人と同じように誕生から発達、停滞、終焉という途をたどる。
企業も同じ。製品やサービスを市場に提供して支持されれば利益を生み成長するが、社会の情勢が変化して
環境の変化に対応できなければ、赤字を発生し市場から淘汰される。

参加者からは、市民グループの場合リーダーが年取っても辞めない。
「再任を妨げず。」という規定から世代交代が進まないと指摘があった。
又、行政も永年功労者として表彰制度があるため「当職」という名ばかりの役員が多すぎる。
JC(青年会議所)のように40歳を過ぎたら卒業という制度が得策という。

お年寄りには気の毒な話だが、企業でも早期退職制度を取り入れている昨今、市民団体もリストラによる
役員の刷新は必要だと思う。

午後は、「グループ討議」。地域のお宝探しと情報発信力について話し合う。
地元の人ほど地域のことを知らない。
地元の人にとって「当たり前」のことが外の人から見たら「お宝」に見える。
もう一度、地域のお宝を掘り出してみようという試み。
例えば、都内の人を「つくばTX」に乗せて茨城を案内するとしたらどこに連れていくか?
(最近、中高齢者の筑波山登山がブームになっているらしい。つくば中央駅から無料のシャトルバスが出ているから)何を食べさせ、どこで遊ばせ、何をお土産に、どこに泊まらせるか?

これから皆で話し合うことになった。

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Nov 01, 2005

地域づくり人材育成講座3回目

続いて地域ネタで恐縮です。
地域づくり人材育成講座の3回目に参加しました。
今回のテーマは「県外先進事例の紹介」
講師は齋藤信夫さん(社団法人日本青年奉仕協会 理事・事務局長、認定特定非営利活動法人ふじみの国際交流センター理事)

岩手県陸前高田市生出(おいで)地区 木炭まつりによる地域の活性化。
人口400~500人、世帯数120~130の過疎地
かつて良質の木炭がとれた土地柄。エネルギーがガスや電気に代わって木炭が使われなくなり地域の活気がなくなっていった。
19年前に「木炭まつり」を始める。
今では1日3000~4000名の人が集まり、木炭、手作りの工芸品、農作物などの売上で1日200万くらいの売上になる。
子どもも学校の総合学習で木炭をテーマに地域の大人から木炭の作り方を学び、木炭まつりの日に木炭が出来るまでの状況を劇にした木炭劇を上演する。

私の関わっている雑木林で遊ぶ会でも、炭焼き(竹炭)をしました。
雑木林は、地域のエネルギーの宝庫。
石油がなくなったって、十分暮らしていける資源はある。
心配なのは炭焼きをしたり竹細工の技術の伝承できなくなること。
茅葺職人もだいぶ減りました。

11月23日、つくばと土浦の中間の宍塚大池
で収穫祭があります。藁で編んだ草履や古代米を使った食事など。
里山の豊かさを味わえます。

2つ目は小学校でのビオトープ作り。
これはアサザ基金
が推進している事業。都内のように緑の少ないところでは是非実践してほしい。

3つ目は外国人向けの日本語教室から始まって、生活相談や行政との橋渡し、翻訳事業など
国際交流センターに発展した例。
スタッフの中には英語をしゃべれる人が少なく(タガログ語やポルトガル語、中国語、韓国語が多い)
英語を話したいという20~30代の女性が来られてがっかりして帰ったという話しは笑えた。

これは、つくば市や水海道のような外国人の多い地域では有効な手段かもしれない。
少子高齢化時代に向けて外国人労働者も地域の有力な資源であると思った。

「里山」「小学校」「人」という事例がでたところでランチタイム。

近くのラーメン屋に行こうと外に出たが、日曜日なのに閉まっている。
商店は人通りがないとシャッターを閉めてしまう。
中心市街地の空洞化、身を持って感じる。

後半は、グループ討論。
「人」「物」「金」を循環させる資本主義社会。
地域でこれに対抗する手段はあるのだろうか?
拡大する都市化。車社会。地球温暖化。

講師よりアドバイス。
大きな目標を掲げるより、小さなこと、できることから始めましょう。

先日、聞いた姫路の播州ハムのお話をしてみた。
地元の人ほど地元のことが見えていない。
地域には気づかないお宝がある。
それを探して、発信してみよう。

メンバーから様々な話題が出てきた。
「地域のお宝探しと情報の発信力」
グループの方向が決まった。


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Oct 28, 2005

地域情報化研究会

国際大学GLOCOMで行われた地域情報化研究会「発信する地域」に参加しました。

テーマは「ブランド、地域ブランド」講師は播州ハムの堀田さん
聞き手は、ささはたドットコムの長坂さん
播州ハムの堀田さんのお話では「ブランド」とは、企業のコンセプトイメージ。社訓であり社是。
何か困難に遭遇した時に戻るべきところ。
小さなハム屋が大企業と競争していくには、ここをしっかり確立して守る、ブレナイことが大切。
ネットショップを始めたのは、1997年から。阪神淡路大震災が契機とか。
パソコンは全くの素人で紙媒体の通販を最初は検討されていたそうです。
その後、ネットの売上が順調に伸びて今では年間8000万。
楽天やヤフーの仮想商店街にも出店せずに、自分の色を出すことに専念している。

「昔ながらの職人の味」「高級ではなく高質」「熟成期間半年」など
HPで自分の商品を語れば語るほど、うそっぽく聞こえるのでお客様の評価、マスコミや雑誌の評価を載せて
「どっちの料理ショー」でも取り上げられたそうです。

同時に地元姫路の紹介「ほりほりの姫路ガイド」
で姫路の魅力再発見と情報発信をしている。
元々は姫路を嫌っていたがお城のライトアップ以来、魅力に目覚めラストサムライで撮影に使われた
お寺(書写山円教寺)でオカリナ奏者宗次郎さんの
コンサートをしたり様々なイベントを行っている。
ここでこだわっているのもコンセプトワーク、なんでこれが必要かということを時間を使って仲間と議論する。
この過程で合意形成が育まれる。ハムへのこだわりがまちづくりにも生かされている。

ネットショップを使う上での留意点を聞いてみた。
マスコミの人はネットで情報を仕入れる人が多い。
そこを刺激する材料を並べる。
例えば、日経新聞に1つ掲載されると日経グループ各社が芋ずる式に掲載される。
マスコミを上手く利用する(テレビの瞬間風速は相当強いらしい)
取材にきた時の準備も普段から整えておく。
ブログやHPは本人の人柄が出る。
ウソやええかっこしいはすぐに露見される。
お客様からの反応がハムの出来にも反映される。

姫路ガイドが商店街に与えた影響について聞いてみた。
シャッター商店街は元気になっただろうか?
商店街の人達には何の効果も与えていないそうだ。
補助金の獲得にしか関心がない。
ネットには同じ波長の人が集まる。ある意味虚像の世界。
商店街の人はリアルの世界で生きている。
虚像と実像、両方のイメージにズレが生じないようにする。

そういえば、先日も大学の生協さんのブログが有名になって表彰されたが
実像はイメージが壊れるので、出なかった。

堀田さんの実像は、HPから想像する頑固な職人というイメージとは裏腹に
よくしゃべるおじさんでした。それでイメージが壊れるので人前では
話さないという本人の弁。

交流会、飲み会と同席して段段と本性が見えてきて、すっかり
播州ハム=堀田さんのファンになりました。
お土産のローストビーフや生ハムも人柄通り美味しかった。

虚像と実像のギャップ。
普段、電話口で相談を受けていて相手はどんなイメージを自分に抱くのか?
一瞬、気になった。

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Oct 24, 2005

1日きこり

アサザ基金主催の「1日きこり」に参加しました。
茨城県鉾田市(先日震度5の地震があって知名度が上がった)野友地区。

小学校に沿った雑木林、何年も放置されて竹やぶ状態。
このままでは人も動物も入れない。地面も保水力がなくなり湧き水も枯れ大雨の時は
地すべりも起こりうる。

7~8年前から地元のNPOエコタンンほこたの方が地権者の了解を得て、竹やぶを切り開いている。
刈り取ったタケ(アズマネザサ)は束ねて田んぼの排水に使う。

アサザ基金は地元の小学校(野友小)にビオトープを作り霞ヶ浦の浄化に取り組んでいる市民団体。
水源地である里山の管理を行っている。

なにしろ何年も放置されているから刈り払い機が入らない。
竹切りバサミで根元から切って進む。
まさに竹の壁に立ち向かっていく感じ。

それでも視界が広がり、道が出来はじめると爽快感が格別。
一緒に作業している大学生も教室では味わえない感触を得たと思う。
植物の名前やキノコの名前も覚えられた。

午後、谷津田を案内してもらう。
奥の方に石の祠があって弁天様が祀られていた。
湧き水があり、溜池を通って田んぼにつながっている。
ここで収穫されたお米(山田錦)は佐渡の醸造メーカーに送られ「トキの酒」になるそうだ。
霞ヶ浦にトキを呼び戻すという遠大な夢。

帰りの駅「高浜」で、アサザ基金代表の飯島さんと会う。
慶応大の学生を視察に案内していたそうだ。
昨日の東田中の谷津田の稲刈りには、NECの社員と家族連れが180名
雨の中、稲刈りを楽しんだ。

自然の回復には時間がかかる。
それでも少しずつ人間の自然に対する営みが変わることで
自然はそれに応えてくれる。
水路や畦を整備することでゲンジボタルの餌のカワニナがいたり、
サシバやカワセミの餌のサワガニがいたり、命の循環がつながってくれる。

中越地震で傷付いた棚田をよみがえらせる特集を見た。
自治体や国はあてにならない。
自分たちの力でやっていくしかないという農家の気概を感じた。

農家の高齢化で耕作放棄地の増加、戦後の造林で間伐されない山は
全国いたるところにある。
一方で働き口のないニートや団塊の世代の大量退職。
それを結びつけることができないか?と一瞬思った。

山の空気を吸えば、日ごろのストレスも発散すると思うのだが。

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Oct 10, 2005

Voice Of Tsukuba

筑波大学園祭(10/8~10)の中のアースデイつくば企画「Voice Of Tsukuba」に参加しました。
学生が地域とつながりを持とう、もっとつくばの中の他大学と交流を持とうと始まったこのプロジェクト。

今回は2回目。今回のスピーカーは筑波大の中でボランティアセンターを運営している学生(S君)と
アースデイつくばの実行委員長(Iさん)。それから今年卒業して社会人1年生で4年前に学生の支援団体
ぐっぴいを立ち上げられたK君。

参加者は、NPOのスタッフ、会社員、筑波大OB、筑波技術短期大学、筑波大生など10名前後。
S君は「何のために勉強をするか?」から始まり「自分の生き易い世の中にするため」で
「思い通りに行かない」世の中も「支え合って暮らしていける」ボランティアの意義を訴えた。
アースデイつくば実行委員長のIさんは、4年前に始まったアースデイつくばの活動を報告。
筑波山や桜川でのゴミ拾い。商業施設での市民団体の環境パネル展。年2回のチラシ。
今年は「つくばのお宝探し」里山や古い町並みを歩くイベントを企画する。
K君はぐっぴい立ち上げ当初の裏話を披露。学生団体それぞれがバラバラで横のつながりを
持とうと一念発起。

続いて司会者から「ワクワクドキドキ」するプロジェクトとそれを実現する環境整備について
書いて下さいというメモ紙が配られる。
各自が書いて模造紙に貼り付ける。

プロジェクト
環境演劇~学生・高校生・市民がシナリオ作りから手がける。
障害者のためのスポーツイベント~ブラインドサッカーなど
ネットデイ~小学校に地域の大人がLANを敷設する
田植え・稲刈り・草刈などの農業体験~グリーンツーリズム
総合学習への出前授業~学生の若い力・柔軟な発想力に期待
環境整備
学生・市民が集まれる「場」情報が得られる手段「掲示板」
ミニFMやネットによる広報手段

現実に筑波大の中にはボランティアセンターの開設やつくば市のコミュニティミニFMの
動きはあるようです。

感じたのは、学生が大学に居る期間は4年間。
社会人になって他の地域に移ることで、地域との関係が途切れてしまうこと。
後輩や引き継ぐ人が地域との関係を継続してくれればいいけれど「持続性」は
大丈夫だろうか?

「いつでも帰っておいで。ここはお前の家なんだから。」と暖かく迎えてくれる
地域ばかりではないと思った。

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Oct 07, 2005

運動会とビデオカメラ

運動会シーズン、ビデオカメラの問い合わせが多い。
急に映らなくなった。
バッテリーを至急手に入れたい。
撮影したテープをDVDにダビングしたい。

かくいう私も数10年前、朝5時に起きてカメラポジションの場所取りで幼稚園前に
並んだ経験があります。(親バカです)

我が子を撮っているつもりで、別の子を撮影していたり
美人先生や可愛い子を撮って、妻から小言を言われたり失敗の数々。

残念なのは、撮りっぱなしのテープが山となること。
編集するのは大変で面倒くさい。
ビデオカメラが出動するのは、年に数回(入学式、おゆうぎ会、運動会、クリスマス会)
普段は押し入れの肥やし。

それが最近は毎週のようにビデオカメラを持って、市民活動の様子を撮影し
ホームページ(かすみがうら*ネット)の
個人メンバーサイト(泳げる霞ヶ浦
に映像をアップしている。
子供から社会へ、カメラを向ける対象が変わってきている。
最近ではmixiのPushCorn倶楽部にも映像(静止画)を載せている。

個人の映像をこれからもっと世の中に広めていきたい。
もちろん肖像権とか個人情報にも配慮しながら。

運動会の撮影だけにビデオカメラを使うのは、もったいない。
それはほんの入り口。
マスコミに対抗した個人メディアの道具として捉えてほしい。

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Sep 25, 2005

地域づくり人材育成講座2回目

地域づくり人材育成講座2回目に参加しました。
今回は実際にまちづくりを実践されている方の話(真壁町、守谷町)を伺いました。

真壁町は古い建物(登録文化財)が104棟ある歴史のあるまち。
人口1万5千人のまちに、「ひなまつり」や「夜祭」で10万の観光客を集めた。
テレビに取り上げられたのが大きい、と言われました。

それでも過大な投資はせず身の丈にあったまちづくり。
人との出会い、交流を大切にする歓交のまちを目指すという言葉が
印象的でした。

対照的なのは守谷。
大半が新住民で首都圏に通勤。
まちに関心が薄く、つくばTXが開通し今後開発が期待される。
その中で公団の有する広大な土地の開発をめぐって行政、事業者と
住民の協働を進めている。
ただ反対ではなく対案を示す。
スピードが命。従来の自治会に諮るでは遅すぎる。
子供に参加してもらい親を引き出す作戦など
実体験に基づく話しは説得力がありました。

講演の後は、2グループに分かれての「テーマの選定」を話し合う。
子供、体力づくり、広報、自然体験、団塊の世代の地域デビューなど
お互いの関心分野を話し合い、次回までに絞り込む。

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May 16, 2005

木の文化

アースデイつくば2005に参加しました。

つくばの中心から少し離れたところにある雑木林,安(やすらぎ)の森で開催。

昭和40年頃までは落ち葉を集めて堆肥にしたり、枝や木を切って薪にして煮炊きや風呂の燃料にしていた。
その後、石油が出回りそっちの方が値段が安いこともあって石油ストーブに切り替え、プロパンガスが出るようになってかまどもなくなった。
雑木林は手入れがされず竹やぶが生い茂り、人が入れない状態になった。

つくば万博の時は臨時の駐車場ができるので雑木林の一部を刈った。
その後、つくば新線ができるので茨城県は宅地開発にしたいと地主に頼みに来たが売らなかった。
バブルの頃はデベロッパーや地上げ屋が跋扈していたろう。
10年前から地主と市民数名が下草刈りを始め、この数年「環境」「緑のいやし効果」が認められ風向きが変わってきた。

地主さんのお宅にお邪魔する。築200年の母屋は、殆どが自分の敷地の木で作っている。
戦時中は、軍の供給するため松の巨木を切った。その前で撮影した記念写真があったが人間がマメ粒のようであった。おそらく樹高40~50m。

敷地内には目的別の木小屋がいくつかある(堆肥や薪、材木置き場)
今は車の倉庫になっている。
広大な敷地(林、畑、田んぼ、集落)の中で春から秋にかけては農作業、秋から春にかけては山仕事が
何百年も繰り返されてきた。

戦後たかだか50年の間にこうした「木の文化」「農の暮らし」が失われつつある。
おそらく今の70~80歳の方々が亡くなられたら継承する人がいなくなるでしょう。
勤め人になって都会の生活の方が華やかで稼ぎがいいから。

なんとか今の生活の中に「木の文化~農の暮らし」を組み込めないものか。
週末農業、定年帰農、若者の就農希望etc

開発願望は県、デベロッパー、地主の中に今も残っている。
隣り町までショッピングモールやファミレス、シネコンの波が押し寄せている。
つくばエクスプレスが開通すれば新住民が流入して、更に宅地開発の需要は高まるだろう。

先日、お伺いした北浦の有機農業団体の方から「田園エコビレッジ構想」の資料をいただいた。
先人が開拓した谷津田やため池、水路や生活の知恵を掘り起こし、つないでいく町。
そこに定住して人と自然のおりあいをつけていく試み。
つくばでも起こせないかと思った。

雑木林で遊ぶ会・安の森
http://www31.ocn.ne.jp/~myazawa/


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May 10, 2005

早さの功罪

鉄道の速度オーバーが問題になっているが、自然界の「水循環」でも早さが生態系に影響を与えている。

水道施設の「急速ろ過」と「緩速ろ過」。
「急速ろ過」は戦後アメリカが広めた塩素消毒を主体とした施設。
「緩速ろ過」は明治政府が英国の水道施設を参考にして自然界の微生物を利用した施設。

自然界の早さ以上に「水循環」を効率的に化学薬品で消毒しようとする「急速ろ過」
反動としてトリハロメタンや塩素でも死なないクリプトストリジウムといったやっかいなものも発生している。

一方、自然の速度でゆっくりとろ過された水はおいしい。(先日千葉の上総掘りで自噴している井戸の水を飲んだが、まろやかな水でした)
現在は「緩速ろ過」は上田と高崎の浄水場がそれだそうだ。

早さ=豊かさの幻想は、もう捨てた方がいい。
ゆっくりを楽しむゆとりを持ちたい。


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May 06, 2005

天心記念五浦美術館

常磐道に乗って北茨城ICで降り「天心記念五浦美術館」に行ってきました。

水戸までは車の量が多かったが、いくつもトンネルを抜けて北茨城に着く頃は
車はまばら、6号を北上し六角堂、天心記念美術館の標識を見て右折。土浦から1時間半。

岡倉天心が明治の中頃、仲秋の観月会を催したときは上野から16時間かかったそうだ。
さぞや山道は苦労されたろうと想像する。

日本美術院研究所跡地に立つと足元は断崖絶壁。
海の青さ、透明感が素晴らしい。
六角堂も目の前がすぐ海。

近代化、工業化、欧米に追いつけ追い越せの風潮の中で
日本の伝統文化、仏像や建築、風俗を見直そうと日本美術院を創設(台東区)
当時の美術界と決別して五浦に引越し。

天心の考えは、現在にも通じている。
バブル景気後の閉塞感、グローバル化の中での愛国主義。
憲法9条の改正論議。世代間のコミュニケーション不足。
都市の拡大と農村の疲弊。

企画展「花めぐり」が開催されていた。
四季の移ろいを描ききる日本人の感性を忘れたくない。

帰路、下を通って4時間。
街道沿いのファミリーレストランの栄枯盛衰を感じながら家路に着いた。

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Apr 20, 2005

霞ヶ浦環境科学センターパートナー登録

霞ヶ浦環境科学センターのオープンに伴い、パートナー登録に行ってきました。

約100名の市民が茨城県内から集まり、今後施設の展示解説や自然観察、植栽・飼育管理、記録・図書・広報の業務につく。あくまでボランティアなので無給。自分の都合のつく時間、センターのイベントや日常業務のお手伝いをする。

早速、問題が持ち上がった。
駐車場のスペースが狭く、オープニングセレモニーや内覧会で大勢の方が見えたら車を置く場所がない。
当初、パートナーの方にも参加を要請されていたが急遽、自宅待機になった。

途中「おおつのヒルズ」という売れない原野を通る。
ここを借りて「臨時駐車場」にすれば、と思った。

担当者も4月の人事異動で変わった。
引継ぎ等も大変な様子。

しばらくは、手探り状態で進むしかないようだ。

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Mar 28, 2005

霞ヶ浦環境科学センターサポーター研修会

今年の4月22日にオープンする霞ヶ浦環境科学センターのサポーター研修会に参加しました。
この施設は1995年に世界湖沼会議が霞ヶ浦で行われた時、「市民と行政と研究者と企業の連携の拠点を作る。」という橋本知事の発言を受けて10年がかりで開設にこぎつけた施設。

今回のサポーター研修は、来館者の接遇や展示の解説、ビオトープや水槽の管理、自然観察会の補助、記録・広報・図書といった業務を市民と共に行っていきましょうという行政からの呼びかけに応募した約100名の市民が対象。
高校生や主婦、高齢者、サラリーマン、自営業者など幅広い層の方が集まった。

午前中は、霞ヶ浦の生い立ち(歴史)を学び施設内部の見学、午後は接遇のロールプレイング。
4月16日には登録証とジャンパーが支給されるという。

団塊の世代が、定年退職を迎える2007年。
地域との接点を探る上で、こういう形もありかなと思った。
展示施設には、県内の小・中学生も見学に来るだろう。
子供や孫のような世代との会話を楽しみながら、ボランティア仲間同士の交流も生まれればと思った。


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Mar 16, 2005

アナログとデジタル

アナログ放送が2011年に終わる。
デジタル放送に切り替わる。

これを期にテレビを見ない生活にしようと思う。
デジタル放送の良さは、さかんに宣伝されているが(高画質、高音質、双方向など)どうもとっつきにくい。
相手を認識しないと全く話しにならない。
それによくフリーズする。
0と1、白か黒の世界。

それに比べてアナログは、暖かい。
多少ノイズが乗っていても愛嬌で映る。
全く見えないということはない。
0から100まで段階がある。
白から黒まで灰色の階調がある。

自然の世界はアナログの世界。
人間の世界、それもパソコンの世界でデジタルが広がっている。

ライブドアとニッポン放送・フジの対立もデジタルとアナログの対立に見えてきた。
インターネットはデジタルの世界。
今のテレビ・ラジオはアナログの世界。人間臭さがつきまとう。
NHKのプロデューサーの不正問題や朝日新聞との問題も人間がらみ
ホリエモンが、メディアの将来をテレビとインターネットの融合と位置付けて面白くしてもらうのは賛成です。

テレビを使う視聴者は、アナログとデジタルが混在。
私はアナログ人間。デジタルのテレビにはついていけません。

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Feb 07, 2005

ツェッペリンNT号を見ながら

ツェッペリンNT号という飛行船が霞ヶ浦に飛来した。
先代の飛行船が76年前にきている。
その時も30万人くらいの見物客がきたそうだ。今回は2万人。
まちでは、飛行船をシンボルにまちおこしをしようとやっきになっている。
ツェッペリンカレーや飛行船博物館etc
賑わいを取り戻したいという気持ちは分かるが、大型施設やホテル、博物館といったハコモノはもういらない。
里山や湖、きれいな川を取り戻す方が、よっぽどいい。

ツェッペリンNT号は「環境」をテーマにした愛知万博に参加するために来日した。
ゆっくりと浮かぶ様を見ているとスピードや効率を追い求めた時代が遠い昔のように思える。
その一方でつくばエクスプレスが都心とつくばを45分で結ぶ。

うさぎと亀の競争ではないけれど、人より早く行くことが優れたことという感覚は捨てた方がいい。
一緒に飛行船を見ていた大学院生のM君も就活をしながら、自分のやりたいことを見つめている。
ゆっくり、着実に歩んでいけばいい。


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Sep 22, 2004

勝ち組、負け組み?

よく企業の世界では、「勝ち組」「負け組」の報道がされます。
業績の良し悪しで判断されるようで、定年退職される方や早期退職で辞められる方も「勝ち組になって下さい。」
なんて言われていきます。

これが転化されて人間の価値判断も「勝ち組」「負け組」なんて論じられるように思えます。
先日、NHKの番組で山田洋次監督が映画の新作の話で「人間の価値に勝ちも負けもない。」と言われたことが印象に残ります。

人間の価値に「勝ち」も「負け」もありません。
昔、父親からは「禍福はあざなえる縄の如し」と教わりました。

企業の業績も良い時もあれば、悪い時もあります。
いちいち「勝ち」「負け」判断されては、どうかと思います。

アナリストとかマスコミの方々は、そうやって面白おかしく記事を書く。
それに惑わされてはいけないと感じています。

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