障害は自己責任?
障害者自立支援法案が参議院で可決された。
法案は、衆議院に移されるが、あの衆議院だもの。
成立したも同様だ。
この法案、正直、今まであまり内容を気にしてなかったのだが、この文章を見て、愕然とした。
私も、YAHOOニュースのリンクをたどって読んだものだがわかりやすい。
法案の中身を良く知らない向きには、ぜひ一読を勧めたい。
http://allabout.co.jp/career/careerwelfare/closeup/CU20050706A/
このところ、介護保険法改正だとか、医療制度改革だとかで、「入院中の食事や住居費(?)」の自己負担がどうやら標準となって行きそうな雰囲気がある。
介護保険で言えば、在宅の人とのバランスをとるためと説明されている。
同じ被介護者でありながら、在宅の人は食費も住居費も光熱費も自己負担であるから、施設入居者にも応分の負担を、という論点だ。
介護保険制度の場合、もともと要介護度によっても給付の水準が変わるので、同じ介護度の人にこうした措置をとるのは仕方がないのかもしれない。
ただ、「公平性を」と叫ばれる場合、概して「不公平な方」の水準に合わせられるんだよね。
ま、仕方ないか、小さな政府だもんね。
介護保険のこうした改正にあわせて、医療の方でも入院患者の食費などは今後自己負担となる方向だ。
(それなら、メニューを選ばせて欲しいし、皿などもあの無機質ないかにも病人食って雰囲気のあれは、やめて欲しい。入院中であっても、食事は自由に外に行けるようにすべきだ。消費者に選択権がないのに料金だけ請求されるサービスってなに???)
介護保険の給付や、比較的短期間の特別な状況である入院の場合は、まあ100歩譲って良しとしよう。
しかし、障害者の「応益負担」ってどうよ。
受けたサービスに応じて、1割の負担をする、と言うのが今度の法案の内容だ。
だが、障害や病気は、消費者が「選択」してなったわけではない。
「サービスを受けた」と言えば、通常の消費行動のように聞こえる。
だが、障害者や病人にとっての介護サービスや医療サービスはけして選択して受けるものではない。
昨年改正された消費者基本法にも堂々と書いてあるじゃないか。
「消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保され」って。
つまり、多少極論となる可能性を恐れずに言うとすれば、介護や医療を受けることは消費行動とは言えない。
障害者として生まれてきた者、障害を負った者、病気を患った者に対しても「自己責任」を求める社会とはどんなものなんだろう。
健常者から見れば「1割負担」はまだまだ厚遇されている、と感じるかもしれない。
だが、障害があるために、仕事ができない、やりたくても採用してもらえない、という点で、障害者と健常者はスタート地点が違う。
他人の痛みをわからずに、一律に「自己責任」を求める社会になっていくのだろうか。
一方で、高齢者であれば一律に保護する既得権は健在なまま、と年金不安世代としては指摘せざるを得ない。
高齢者であっても健康で収入を得る能力があって幸せに暮らしている人は多い。
そういう高齢者は、「青年」世代〈壮年?)である私なんかと比べてもなお裕福だ。
この調査を見ると、現在の生活に満足している人の割合は、高齢者にこそ多い。
仕事の能力や趣味や裕福さを考えると、この人たちを単に年齢だけで「弱者」と決め付けるのは、本人にも失礼なのではないかと思う。
このような高齢者のために、一握りの勝ち組と多数の負け組がいると言われる我々現役世代が支援を行うのはどうなのだろう。
まず、福祉と既得権を切り離してほしい。
単純に年齢によって強者と弱者を分けないでもらいたい。
そして、「今まで年金保険料を払って上の世代を養ってきたのだから」みたいな既得権は、捨て去ってほしい。
税や制度はその時々の社会情勢で変化するものだ。
そして福祉は、本当に困っている人に対して不足なく与えられるべきだ。
福祉については「民営化・自己責任」的考え方と切り離してほしい。
本当にメスを入れるべきは、医療負担が少ない&ひまつぶしのために病院を占拠している「本当は健康な」高齢者などだ。
「選択」することなく、障害や病気を患ってしまった人には、せめて生きるための基本的な権利や、人間らしい日々の生活を保証してほしい。
自己責任を強調する社会であれば、自己責任ではない事柄に対しては、手厚く保護するべきではないだろうか。

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