夫婦の在り方
昨日から3夜連続で日経夕刊に、「夫婦の在り方」が問われている。
第1日目は、マーケティングアナリストの三浦展氏へのインタビューだ。
彼は恐れ多くも発言する。
「意識調査をすると夫が働いて妻が専業主婦という男女分業型の夫婦の方が、共働きより夫も妻も生活満足度が高いという傾向がある」
「夫婦二人して働いて、暮らしにゆとりはないけれど幸せと言い切れるような満足度の高いモデルがあればいいのだが、今のところ見当たらない」
根拠はなんだ?
何の意識調査だ?
ソースは?
え?
そのくせ、定年後に旦那がいつもリビングにいるようになれば妻は息がつまるから、熟年夫婦のリフォーム需要では、「夫の書斎をつくる」が、夫婦ともに望むところであるらしい。
定年した夫には、職場でも家庭でもない中間地帯が必要だと述べ、趣味でもいいが、社会貢献や起業をすることを勧めている。
2日目は、脚本家の山田太一氏へのインタビュー。
妻は働く夫の現状を理解していない。
そのため夫への風当たりがきつく、評価も厳しくなる。
妻が昔働いていた「会社」と今の成果主義でストレスの多い「会社」は違う。
夫の閉塞感をうけとめ、「定年後は離婚」などと息巻かずに、離婚を思いとどまるべきだという意見だ。
引用すると、
「今は情報が入りすぎ、必要ない人まで啓蒙されている」
「昔はもっとひどい夫婦もあった。それでも、そんなものだろうと問題を意識せずに人生をまっとうした。夫婦という当たり前の単位に、意味や向き合い方を意識せざるをえないことは不幸なのだから、夫婦なんてそんなものとあきらめて、今までの人生を無駄にしない選択をするのも価値がある」
というような言論。
どちらの意見からも伺えるのは、「妻の我慢で、夫婦関係は好転する」ということだ。
夫婦関係を良くするためには専業主婦になれ。
夫婦関係を良くするためには諦めが必要だ。
こんなのを、今更特集する日経新聞。
少子高齢化の時代になんつうことを言うのだよ、という感が拭えぬこともない。
妻が(もしくはお互い)が諦めることで表面上の波風がたたないことを本気で「良い夫婦」だと思っているんだろうか。
この記事を書いた筆者の、悲しい夫婦生活が目に浮かぶようである。
鶴保庸介参議院議員。
野田聖子さんの旦那さんだ。
立ち読みした婦人公論の記事によると、家を建てるとき、
「うちは台所必要ないです。使わないから」
と、台所無しの設計を考えたらしい。
野田さんが結婚するとき
「私は料理は作れないけど、法律は作れるよ」
と言ったからだ。
不動産屋さんに
「台所がないと、もし売ることになったとき、売れませんよ」
と言われて仕方なく台所も造ることを承諾したらしい。
郵政民営化議論のとき、反対派の急先鋒である妻と毎晩討論しながら、派閥への筋を通すなどの事情もあって賛成に投票した。
「限りなく反対に近い賛成です」
と言って。
反対派議員には対抗馬を、などという事態になっている昨今、鶴保議員は派閥を脱退した。
「妻を応援する立場になりますので」
ということで。
私が憧れるのは、三浦さんや山田さんの言う、
「あきらめを知ってお互い干渉しない夫婦」
よりもこっちだな。
鶴保さんと野田さんの夫婦は、二人して(究極に)働いているけれども、幸せと言い切れる夫婦なんじゃないかな、と、ちょっと羨ましい。
●鶴保庸介ホームページ
http://www.tsuruho.com/
●野田聖子ホームページ
http://www.noda-seiko.gr.jp/

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